栄光が現れる時~週報より~

預言は成就してこそ初めてその意味、価値があります。

そしてこの成就という結果を語った通りになるという分かりやすいかたちと語られた通りではないけども最善な結果となる場合があります。

前者はイエス・キリストの誕生やその生涯について旧約から多く記されいるメシア預言に代表されるようなもの、

後者はヨナ書にあるニネベの街に対してどう語られ、結果どうなったかというケースです。

この2つのパターンを良くみていく時に結果として神様の御心の大原則に沿ったかたちにより近くなるということが見えてくると思います。

神様は好きこのんで裁いたり聖絶される御方ではありません。

私たちが悔い改め神様の元に立ち返ることを何よりも望んでおられます。

そしてそれがもっとも具体的なかたちとして現されたのがイエス・キリストの誕生、十字架、復活という贖いの御業です。

これからの季節特にこの「誕生」にフォーカスが当たります。

これは栄光が現された瞬間のような出来事です。

暗闇に朝日が照らし出されるように、闇は決してその光を押し戻すことが出来ないように神様の語られることは押し戻すことなど出来ません。

しかしその光を避け、影に隠れることは出来ます。

私たちひとりひとりが神様の前に整えられ、その栄光を拡散させていきましょう。

リバイバルの原動力は神様です。

そして神様は私たちの祈り、私たちの働きを通して恵みを注いで下さいます。

主が語って下さったように、その御心の真ん中をしっかりと掴んで光のうちを歩んでいきましょう!

Follow me!