成熟した愛~週報より~
楽しい時間はあっという間に過ぎるように感じるものです。しかしその時間のために多くの時間備えたり、また犠牲を払ってでもその一時を心待ちにするものです。子供は子供なりにまた大人は大人なりに忍耐したり、我慢しながら心待ちにしている事柄があると思います。ここで私たちは成熟して柔らかい心を持つか、また諦めて堅い石のような心を持つかの2タイプを指して大人になるとか成長の印として見ることが出来ると思います。簡単にいうならば前者は聖書的であり、後者は非聖書的です。しかし私たちの社会では後者の諦めた石の心が大人の心のような風潮があります。結婚しても愛が冷めた状態が終着点のような感覚です。結婚は人生の墓場という言葉もあるくらい多くの文化圏で間違った姿勢、また方向性がはびこっています。聖書ではこの結婚を例えとしてキリストと教会の関係を教えています。これは非常に大切な事柄でありより正しく認識する時に多くの恵みを発見するものです。これがもし諦めの境地だとしたら教会に希望はありません。また教会を通して多くの働きを成そうとされている神様のご計画にも希望はなくなってしまうでしょう。ですから聖書からより正しい教会とキリストの関係を知ることで正しい結婚観、また愛の定義を知る必要があります。そうすることで成長していくべき方向性を明確にすることが出来ます。聖書に堅く立ち、成熟した愛を知り、また実践していけるものとなっていきましょう!