主に対する愛を持って仕える~Iコリント12:26-31

 初代教会が建て上げられていく中で当時のシナゴーグでの礼拝や集まりの形態から変化して行きました。それはシナゴーグが地域の集会所や会議をする場所、そして礼拝する場所という特徴と比べて初代教会は使徒達が福音をのべ伝えるようにとイエス様に言われていたその使命を土台として建てられている点が大きく異なります。地域コミュニティの必要を満たす場所から主の必要を満たす場所へとシフトしていったのです。
 事実、初代教会は異邦人の地にも宣教していくことを可決し、そしてそのような働きを展開しました。そしてその背後にはパウロやペテロのような使徒達に示されて解き放たれていくということがありました。
 しかし、Iコリント12章にはひとりひとりがキリストの体の器官として尊いことが書かれています。お互いがキリストの体の尊い器官として繋がっていく時に体全体が動き出します。
 賜物やポジションの違いはあったとしても、主に対する愛によって一致していくことが大切です。その愛を土台とし、また追い求めて共に主に仕えていく時に主はそこに大きな恵みを注いでくださいます。
 主の愛に生かされ、主の愛を流し出す器となっていきましょう。

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