バプテスマのヨハネに見る心~ヨハネ3:22-30

イエス・キリストの誕生を喜ぶと共に奇蹟的な誕生をしたもうひとりの人、バプテスマのヨハネのことをこの季節に考えていきましょう。すべての人の中で最も偉大とも言われたバプテスマのヨハネの心は人を自分につなげるとか勢力を拡大するとかではなく、イエス様の来られる道を整えるために悔い改めを説き、そして弟子達が勢力争いのようなことを意識した時もイエス様のもとに弟子達を送り、仕えるように言われたり、自分が衰えていく必要があることなどを明確に近くにいる人たちに伝えていきました。牢に入れられ、首をはねられるという地上での歩みの最後を迎えましたがイエス様が公生涯において歩まれるうえでとても重要な人物であったことに変わりはありません。また神様のご計画の中でこれほど従順に自分ではなく主の御心に従い抜いた人物はいないと思います。私たちは罪というものを認めようとしない性質を持ち合わせています。認めるとしても「あの人よりはまし」というどんぐりの背比べをしてごまかしたりしやすい者です。しかし旧約にも義人はひとりもいないとあるように自分の内面まで見ておられる神様の前に完全に立つことの出来る人はいません。主の憐れみとイエス様の恵みがなければそこに立つことは出来ません。そのために私たちは悔い改める心と主の愛を受け取る心を持つ必要があります。その備えをしたのがバプテスマのヨハネでした。ユダヤ人は十字架の出来事のあと頑なになりましたがそれによって異邦人に福音が解き放たれました。人の弱さすらも主は用いて御業を成してくださいました。主の前に砕かれた心を持って備えていきましょう。

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