神様に献げる礼拝とは~ローマ12:1

「礼拝」ということばを聞いてどういうイメージを持つでしょうか?ある方は恭しいイメージを持たれるかも知れません。またある方は荘厳な儀式というようなイメージを持つかも知れません。聖書には私たち自身を神に受け入れられるきよい生きた供え物として献げることが霊的な礼拝であると記されています。
それは礼拝の時だけかたちを合わせるというものではなく、日々の生活の中で神のきよさをが現されていくように道徳的な純粋さ、霊的に健康であること、また悪から離れることなどがあります。そのためには時として世間的な生き方や慣習から離れて神様との深い関係を求めていくことが重要です。神様の愛の深さ、そしてきよさを知ること、また私たちの罪、そして罪を赦すために払われた尊い代価を知る必要があります。救いの必要性を知ると共に救いに関わる諸々の意味や価値を知ることで私たちは喜んで心から主に自らを献げる心を持って生活し、礼拝することが出来るようになっていきます。
つまり礼拝とは共に集まって賛美し、祈り、みことばに耳を傾け、共に交わるという一定の時間的空間的なもの以上にそこに繋がる日々の歩みと神様との心の繋がりから溢れてくるものが大切なのです。そして主のことばに従って共に集まる時にそこに主の臨在と天にある喜びと平安が満ちあふれるのです。
さらに主に心を向けて、主の思いに従い歩む者とされていきましょう。

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