週報より~ビジョンをかたちにされる方~

イエス・キリストの誕生までのことを聖書から読み解いていく時に、マリヤやヨセフ、またザカリヤやエリサベツといった人物達の心の動き、そして神様から与えられる様々なしるしと聖霊の助けがあります。ゼカリヤとエリサベツは夫婦でしたが高齢であり肉体的に子供を産むということを信じる事が困難でした。マリヤとヨセフはまだ結婚はしていなかったので、マリヤは神様によって身ごもることでヨセフや周囲にどのように思われるか、また扱われるかという問題に直面したことでしょう。当時未婚の状態で妊娠するということは現代とは比べものにならないくらい大問題だったからです。ヨセフもそのことによって疑心暗鬼にかられたことでしょう。そういった状況の中に神様から与えられる超自然的なしるしと不思議によって常識を超えたところに働かれる神様の御手がキリストの誕生、そしてその道を整えていく働きにあったことを覚えさせられます。マリヤが聖霊によって身ごもり、親戚のエリサベツを訪ねた時にエリサベツは聖霊に満たされ喜びと信仰の確信に満ちた預言の歌を語ります。それはまさに旧約と新約をつなぐ預言でした。預言とは成就した段階で完成します。この時すでにマリヤは懐妊しておりまさに旧約時代から続く預言の完成がありました。それを信仰によって受け止め体験していけることはどんなに幸せなことでしょうか。神様は今の時代においても聖書で語られてきた預言やビジョンを実現して下さる御方です。そしてなによりもイエス・キリストによる救いを今も変わらず信じる者に与えて下さる御方です。主の御業の完全さに信頼して喜びと平安と、そして自分達の人生において主がどんなビジョンを完成して下さるか期待しつつ歩んでいきましょう! [Read more...]

週報より~キリストの系図~

聖書を読んだことのある方、特に新約聖書を読んだことがある方は最初のページできっと挫折しそうになったと思います。マタイの福音書はアブラハムから始まるキリストの系図が延々と見慣れない名前が続きます。17節でアブラハムからダビデまでが14代ダビデからバビロン移住までが14代、バビロン移住からキリストまでが14代とあります。この系図はマタイの福音書とルカの福音書では若干違いがあります。特にダビデの次からが異なっていて疑問を持ったことがある人も多いのではないでしょうか?当時あった伝承やそれぞれが持ちうる資料をもとに書いたのでしょうが誤差があるのは戸惑いを与えるかも知れません。聖書は聖霊によって書かれているということを信じることが聖書信仰ですが一字一句を読んでいくとそういった誤差を発見することはあります。しかしそれぞれの系図でのキーとなる箇所は正確に一致しています。大いなる父として書かれているアブラハム、王ダビデ、神殿を再建したゾロバベルといったまず信仰の面、そして福音書が書かれた時代には珍しい女性を系図の中に明記するところ、またその背景にある罪や赦し、恵み、系図自体を見ると輝かしい側面と人間の弱さや罪といった側面を見いだします。そこに人間の弱さや愚かさとそれを超える神様の恵みを発見することが出来ます。日本においても血筋を重んじる文化がありますが血筋を誇るのではなく神様の恵みによって生かされみことばにあるように誇るものは主にあって誇ることが出来るように、自分の人生を神様と共に書き記していきましょう。闇は決して光に勝つことがないように主にあって明るく照らされて光のうちに歩みましょう。 [Read more...]

週報より~損得でない成長~

初代教会は多くの迫害の中でも尚成長し続けました。その数的成長にはそれ以上に信徒ひとりひとりの霊的成長がありました。パウロは2テサロニケの冒頭でテサロニケの教会の人々の目に見える成長のためにいつも神に感謝しなければならないと語っています。霊的成長はなかなか目に見えて分かりにくいこともあります。もちろん話をしていくと分かるのですが成長が人づてに伝わってくる。また目に見えて分かるほどというのは本当に素晴らしい成長がそこにあったのだと思います。そこには成長の過程、また結果としてのライフスタイルの変化や言動の変化などその人の人格そのものが大きく成長を遂げていく様があったはずです。テサロニケの教会は迫害や艱難に耐える中でそのような成長をしていったのです。そこにはまさに目先の損得に左右されない一本筋の通った姿がありました。当時ローマ支配色の強い文化の中で信仰を持っていくことは多くのリスクがありました。時にはいのちの危険もあったことでしょう。しかしそういうリスクを乗り越えて余りある神様との関係を選択し彼らは成長していきました。彼らの視点は長くて80年~100年ほどの地上の生活でうまく立ち回ることよりも永遠に続く天国へ続く信仰を選択していたのです。そこには誠実で愛に満ちた人間関係があります。お互いに認め合い助け合う姿があります。現代の日本に住んでいる私たちにはそこまでの危機感はないでしょう。しかし成長においては全く同じです。私たちも神様の前に良い選択をし続けていき、そして成熟していきたいと願います。ひとりひとりが去年より、先月より、先週より、昨日よりも成長していける教会になっていきましょう。 [Read more...]