共に集まる恵み~ヘブル10:25

新型コロナウィルスの影響で中国、韓国、日本をはじめ多くの国で様々な対応におわれています。世界的に見ても自分の国だけで成り立っている国はほぼなく、お互いに経済的に支え合っている構造の中で多くの損失も起ると予想されている状況です。 共に祈りを持ってまず神様を見上げていきたいと思います。 そしてメガチャーチと言われる教会での礼拝にも影響が出てきている状況があります。暫定的にネット礼拝を実施する教会も出ています。 普段共に集まることが出来ること自体がどれほどの恵みなのか痛感させらる状況です。イエス様の名によって私たちが共に集まる時に主がそこにおられるとマタイ18章にあるようにこの交わりはとても大切なものです。 たとえ共に集まることが出来なくても思いをひとつにしネット環境をつかって繋がることも可能です。そのようにしてでも共に時間を共有したいと思える関係がとても麗しいとこのような中にあって感じます。 それぞれ置かれているところにおいて共に主を見上げ、主の前にひとつとされていきましょう。みことばの本質を理解し、互いに励まし合い、主にある希望をしっかりと持って備えていきましょう。  [Read more...]

絶対的愛~ローマ5:6-8

愛の深さをどう量るでしょう?プレゼントの金額や一緒にいる時間、そういった客観的にわかりやすいもの以上に愛は複雑でもあり、また単純でもあります。 イエス・キリストは私たちがまだ罪人であった時に私たちのために死んでくださったとパウロはローマ人への手紙で記しています。パウロはかつてクリスチャンを先頭をきって迫害する人物でした。そんな時の自分をも愛し、死んでくださった方がイエス・キリストだと語っているのです。主の愛の深さは自分を刺した兵隊にも主に憐れみを願われるほどの愛でした。家族だからとかいい人だからとかお世話になった方だからという「だから」の基準ではなく、「それでも」愛してくださる深い愛、絶対的な愛がキリストを通して現わされたのです。 神様の愛はまさにそのような愛でした。そしてその愛に私たちが自分の意志で飛び込むことを願っておられます。神様は私たちに自由意志を与えてくださっています。単純な機械やロボットのようには作られず、相互の意志によっての交わりが出来るようにされました。だからこそ主にある交わりや神様との交わりは素晴らしいのです。また悪魔はそこをなんとかして崩したいと考えてすれ違いや誤解、思い込み、いつまでも赦さない心を焚きつけてその関係を壊そうとしてきます。 主の絶対的愛をしっかりと知り、そしてその愛に少しでも近づいていこうとする時にこういった罠から私たちは守られ、乗り越えていくことが出来ます。主の愛に感謝し、主の愛によって変えられ、また生かされていきましょう。 [Read more...]

絶対的希望~使徒3:25

十字架のアクセサリーやデザインが至るところにあるのがふつうに感じる状況が日本を見るとありますが本来の十字架とは救いのシンボルではなく死刑の道具でした。 どうしてこれだけ十字架デザインが普及したかと考える時にイエス・キリストの十字架と復活の出来事を除外して考えることは出来ないと思います。その一度の出来事が2000年以上経っている今も影響を与えていることは本当にすごいことだと思います。 そしてこの十字架とは完全な死、しかも苦痛を伴った死を意味しました。現代における死刑制度というのは多くの国において苦しみや恐怖を出来るだけ感じないように短時間で終わるようになっていることが多いと思いますが十字架刑はそうではありませんでした。そこには深い恐怖の対象として当時扱われていたような側面もあります。 しかし、イエス・キリストがその死から復活されたことによって救いのシンボルのように扱われるように変化しました。イエス・キリストを信じるのであれば死や痛みも終わりではなく、そこから永遠に続く天国への希望を見いだすことが出来るのです。 聖書に記されている預言の完成であり、神様の愛の現れです。そこには絶対的な救いと希望があります。また私たちが主にあって歩む時そこから多くのものを見いだしていくことが出来ます。主にあってどんな時も絶対的な希望を抱いて歩んでいきましょう。 [Read more...]