望みを抱く~ローマ12:12

ローマ12:12には、望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みんさい、と書いてあります。患難のなかにあるとき、希望が見えない時に望みを抱くことも、喜ぶこともなかなか難しいことです。心が塞ぎ、暗闇のようになり、そのようなときに人からのマイナスな意見や嫌なこと、疲れることなどいろいろな事が重なったりすることも、多々ありますね。自分の力でプラスに考えよう、がんばろうと思って努力しても、喜ぶまではいきません。望みを抱いて喜ぶ、なんて、無理です!と叫んでしまいます。ですが、望みってなんでしょうか。私たちに誰にも解決出来ない問題が出て来たら、望みは主が働かれたときしか存在しません。神様に望みを抱くしかないその時、私たちは望みを抱き、主が解決して下さり導いて下さることを皆で喜びましょう!そして、今私たちが出来ることは、患難があっても希望の中で信仰を持ち、絶えず祈ることです。主に大胆に祈り求めていきましょう!いつも主を思い、祈り、聖霊様とともにいると、私たちは霊により力づけられ、内側からも変えられ、状況も変わっていくことも見ることが出来ます。いま、皆さんがどんな状況であっても、望みが沸き上がってくるように祈ります。そして希望を両手で抱いて下さい。望みが喜びとなり、力となり、絶えず沸き上がる祈りとなりますように。 [Read more...]

道に迷った時~ガラテヤ2:11-16

私たちは時に悩み、決断し、またその決断が間違っていたと気がつくこともあります。そういったことを繰り返しながら成長し、また多様性を身につけ、時として固定概念を持ってしまったりもします。 その過程の中で周囲のアドバイスや風潮によって左右されることもあると思います。宣伝文句として○○さん愛用とかいうのを見るとなんとなく引っ張られるような心理です。  あとから必要なかったと思ったり、やっぱり良かったと思うのはある程度時間が経過して結果を冷静に見ることが出来た時ですがその頃に習慣化していたら取捨選択をすることなくつけなくてもいいオプションを付け続けることになります。 私たちが身につけるべきものはみことばに従う心です。イエス様は隣人として人々を助けること、そしてイエス様のことばに耳を傾けることをルカ10章で教えられました。後から振り返って「あの時もっとこうしていれば」と後悔することもあるでしょう。しかしそれは成長している証拠です。大切なのは最もきよい信仰のうえに自分自身を築き上げていく事です。その結果過去の自分の改善点を見いだして未来の自分に生かせるようになります。その過程の中で自分や他人も傷つけるようなこともあるかも知れません。しかし人と関わり、支え合うこともそれ以上に出来るはずです。主に期待し、過去の失敗に捕われず期待していきましょう。 [Read more...]

真理に立ち続けるためには~Iテモテ6:11-12

イエス・キリストを信じてみことばに従って歩もうとする時にそこには信仰の戦いがあります。もちろんその戦いをする自由もあればしない自由もあります。まず自己中心的な思いと戦うことから始まり、真理からそらそうとする様々な誘惑や時としてその文化圏においての問題と直面することもあるでしょう。 そういった戦いにおいて知恵を持って避けることが出来るものは避けること、そして正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めていくようにとパウロはテモテに対する手紙の中で教えています。これらの要素は密接に関わり合い、相互のバランスがとても重要な要素としてあります。正しさを追求することと敬虔さは時として反発することもあります。また柔和と忍耐もバランス感覚が求められる要素です。そして土台として愛、信仰がありますがこの愛は神様の愛です。人間的な愛には条件がつきまとうからです。しかし人間の限界があるため信仰がそこに加わらないと自分を責めてばかりになってしまうでしょう。みことばに立つ、とか主に従うと一言でいってもこれらの中で私たちは日々練られます。その過程の中で大切なのは継続していくこと、諦めないこと、主に信頼することです。自分にはできなくても聖霊様には出来ることを知り、体験していく時にみことばがさらに糧として私たちの中にはいってきます。信仰の戦いを共に祈り合い、支え合いつつ歩んでいきましょう。 [Read more...]