苦難に対して生きる~キリストがくださる人生

ペテロの手紙第一1章18-25節より

土山みことばキリスト教会

2023年9月3日

<聖書>

ご承知(しょうち)のように、あなたがたが父祖(ふそ)伝来(でんらい)のむなしい生き方から贖(あがな)い出(だ)されたのは、銀や金のような朽(く)ちる物にはよらず、
傷(きず)もなく汚(よご)れもない小羊のようなキリストの、尊(たっと)い血によったのです。
キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現れてくださいました。
あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光(えいこう)を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰(しんこう)と希望(きぼう)は神にかかっているのです。
あなたがたは、真理(しんり)に従(したが)うことによって、たましいを清(きよ)め、偽(いつわ)りのない兄弟愛を抱(いだ)くようになったのですから、互(たが)いに心から熱く愛し合いなさい。
あなたがたが新しく生まれたのは、朽(く)ちる種(たね)からではなく、朽(く)ちない種(たね)からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。
「人はみな草のようで、その栄(さか)えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣(の)べ伝(つた)えられた福音(ふくいん)のことばがこれです。

(ペテロの手紙第一1章18-25節)

<説教>

神さまに造(つく)られた最初(さいしょ)の人アダムは神さまに背(そむ)き、神さまから離(はな)れて生きるようになりました。神さまの言われることに従(したが)うことができず、正しいことも、悪いことも自分で決めて生きようとしたのです。

聖書(せいしょ)にある通り、これが罪(つみ)の始まりです(罪(つみ)の堕落(だらく)と言います)。

それ以来(いらい)、すべての人間はこのアダムの罪(つみ)の影響(えいきょう)を深(ふか)く受(う)けています。誰(だれ)もこの罪(つみ)から逃(のが)れて生きることができないのです。

しかし、聖書(せいしょ)の約束(やくそく)通(どお)りにイエス・キリストがお生まれになりました。約2000年前に、キリストが十字架(じゅうじか)に架(か)かって死なれ、三日目によみがえり、人間が罪(つみ)から救(すく)われる道を与(あた)えてくださいました。

今日読んだペテロの手紙第一という聖書(せいしょ)の書簡(しょかん)は、この罪深(つみぶか)い世界の中で生きるクリスチャンに対しての手紙です。

イエス様を信じるキリスト者は、神さまに従(したが)って生きようとする時、必ず試練(しれん)や迫害(はくがい)があります。

それは、ただイエス様を信じるという理由(りゆう)によるのです。罪(つみ)の世は闇(やみ)なので光であるイエス様、クリスチャンを拒(こば)みます。

しかし、手紙の作者であるペテロはどのように生きるべきかを伝(つた)えて励(はげ)まします。

① どれだけ頑張(がんば)っても抜(ぬ)け出(だ)せなかった罪深(つみぶか)い生き方から救(すく)い出されたことを思い出しなさい。

すべての人は、罪(つみ)を犯したので、神からの栄誉(えいよ)を受(う)けることができず、ただ、神の恵(めぐ)みにより、キリスト・イエスによる贖(あがな)いのゆえに、価(あたい)なしに義(ぎ)と認(みと)められるのです。 

(ローマ3:23-24)

贖(あがな)いとは、罪(つみ)の支配(しはい)から自由にされることです。そのためにキリストが十字架(じゅうじか)で私たちの罪(つみ)の身代わりとなられました。キリストがあなたの罪(つみ)の代わりに十字架(じゅうじか)で死なれたことを信じる者は、罪(つみ)から救(すく)われます。人間が救(すく)わるのはこれ以外(いがい)の方法(ほうほう)はありません。

② キリストに従(したが)うことによる試練(しれん)や苦しみは、やがて神さまに必ず報(むく)いられる。

あなたがたの信仰(しんこう)の試練(しれん)は、火で精錬(せいれん)されつつなお朽(く)ちて行く金よりも尊(たっと)く、イエス・キリストの現(あらわ)れのときに称賛(しょうさん)と光栄(こうえい)と栄誉(えいよ)になることがわかります。

(Ⅰペテロ1:7)

神さまは、すべてをご存知(ぞんじ)です。特にあなたがキリストを信じて、従(したが)った生き方に称賛(しょうさん)を与(あた)えてくださいます。キリストのために生きる者は、必ず神さまが正しく報(むく)いてくださると信じて生きることができます。

そして、この世の終わりの日にキリストがもう一度、来られることを信じます(これを再臨(さいりん)と言います)。

贖(あがな)いとは、罪(つみ)の支配(しはい)から自由にされることです。そのためにキリストが十字架(じゅうじか)で私たちの罪(つみ)の身代わりとなられました。キリストがあなたの罪(つみ)の代わりに十字架(じゅうじか)で死なれたことを信じる者は、罪(つみ)から救(すく)われます。人間が救(すく)わるのはこれ以外(いがい)の方法(ほうほう)はありません。

③ キリストに従(したが)うことによる試練(しれん)や苦しみは、やがて神さまに必ず報(むく)いられる。

あなたがたの信仰(しんこう)の試練(しれん)は、火で精錬(せいれん)されつつなお朽(く)ちて行く金よりも尊(たっと)く、イエス・キリストの現(あらわ)れのときに称賛(しょうさん)と光栄(こうえい)と栄誉(えいよ)になることがわかります。

(Ⅰペテロ1:7)

神さまは、すべてをご存知(ぞんじ)です。特にあなたがキリストを信じて、従(したが)った生き方に称賛(しょうさん)を与(あた)えてくださいます。キリストのために生きる者は、必ず神さまが正しく報(むく)いてくださると信じて生きることができます。

そして、この世の終わりの日にキリストがもう一度、来られることを信じます(これを再臨(さいりん)と言います)。

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