成熟した人間関係~ローマ15:14-16

聖書の中の人間関係を見る時に色々な見え方がありますが鍵となるいつくかのものの中に「互いに」というキーワードがあります。この相互関係はどちらか一方的に我慢したりカバーするというものではなくどちらも成熟していく中で見えてくる関係がその先にあります。それは共依存でもなく、互いが存在するからこそ流れてくる麗しくちから強い関係です。それは夫婦関係のような親密な関係だけに留まらず、共にキリストの体としてひとつとされていくひとりひとりが目指すべき大きな課題です。私たちはお互いの小さな違いに目を奪われたり、小さな違いで一致が難しくなる場面に遭遇したことが誰しもあると思います。しかし神様が言われているのはこのような関係において善意に溢れ、すべての知恵に満たされ、互いに訓戒しあうことが出来る関係を追求していくようにとパウロを通してローマ人への手紙の中に記されています。ただ一方的に受け入れるのではなく訓戒しあうことが出来るう関係は互いの信頼関係だけではなく成熟が必要です。相手の短所を責めるのではなくどうすれば受け入れることが出来るだろうかと言い方やタイミングにも注意する必要があるでしょう。そこに知恵が必要です。また善意がなければそのことばは正しくても鋭く人の心を傷つけてしまうこともあるかも知れません。波風を立てたくなくてなにも言わないというのは配慮ではなく面倒に巻き込まれたくないという思いから来ている結論かも知れません。聖書が教えているのはそのような事柄を祭司としての務めを果たしているとも教えています。それはとりなす者であり、時に導く者であるからです。互いにそのような者として認めあう時により成熟した関係を築いていくことが可能となります。 [Read more...]

共に主をほめたたえる~ローマ15:8-13

聖書は神様とユダヤの民との関係から神、罪、救いなどを記しています。そしてそこから救いは異邦人へと広がって行き、共に主をたたえることが記されています。そして礼拝、祈りという神様と自分の関係性と「共に」という共同体として神様を礼拝していくという広がりの中にある恵みについても書かれています。平和によって満たし、聖霊の力によって満たされるようにとありますがこの平和というのは個人の問題ではなく共同体の問題です。そしてここにはふたり三人集まり祈るところに神様の臨在が現されるとあるようにこの相互の交わりから来る祝福にはいっていくためには私たちが互いに理解しあい、尊重していく姿勢が不可欠です。それは社会的な付き合いの感覚ではなく、家族の一致のような感覚です。家族は多様性があってもそれを裁き合うのではなく、補い合うことが出来るのが健全な家庭の姿です。その感覚で共に主にある家族がつながっていく時にシンプルに書かれている「共に主をほめたたえる」ということがかたちだけでなく、深いところで実現していきます。主にあって共にひとつとなり、共に主をほめたたえる教会として成熟していきましょう。 [Read more...]

忍耐と励ましからくる一致~ローマ15:1-6

聖書には「愛」「救い」「勝利」「いのち」などいろんなテーマでの物事が深く掘り下げて多くの時代の中から多くの筆者を神様が用いて記されています。受け入れやすいテーマもあれば受け入れにくいテーマもあります。その中に「忍耐」というものも含まれるのではないでしょうか。忍耐するよりも自分の望むものが簡単に手に入ることに慣れてしまうと楽なようですが感謝もなくなってきます。野菜を育てたり、お肉を食べるために育てるところから関わったり知っていると食材を大切に扱う心が備わるでしょう。料理の手間を知っているならば自分の好みにちょっと合うとか合わないで大量に捨ててしまうようなことも出来るだけしないようになっていくはずです。なんとかするその一手間を考えずに行動するのはもったいないことです。その前提として存在するのが忍耐です。忍耐が最初から備わっている方は本当に少ないと思います。いろんな経験をする中で少しづつ忍耐が備わっていくのです。またあるカテゴリーの中のものについては忍耐があるという場合もあるでしょう。私たちは人生の中で難しい物事を通りたくないと誰しも思うかも知れませんがその中でこそ人生の中で大切な宝となる「忍耐」そしてそこから来る品性と希望に繋がる道があります。すべてに感謝し神様がすべてのことを益としてくださることを信じて受け止め、また時としては脱出の道を備えてくださる主に忍耐を持って期待していきましょう。 [Read more...]