世の流れに逆らえず廃業
~効率優先の現代に寂しさを感じる~
先日、テレビと新聞で私が大学卒業後に13年間勤めていた地方卸売業〈衣料・雑貨・食品〉の会社が幕を閉じることが報道されており、びっくりしました。報道によると現在の従業員数100名で、年間売り上げが28億円と出ていたので、再度びっくりです。
私が牧師になる前、今から約40年前にそこで働いていた当時は、鹿児島と宮崎の両方で従業員が200名で、売り上げはちょうど100億円程でした。
当時は、社員旅行や運動会、それぞれの売り場に分かれてのソフトボール大会等が行われており楽しい職場でした。また、卸団地の企業間でのソフトボール大会も行われ、同業他社の方々とも親しく交流させていただきました。
私は入社してすぐに会社の野球部に入りました。そして、野球の試合がある時は勤務時間中でも、部員は皆ユニフォームに着替えて試合に出かけておりました。
また、朝は野球のユニフォーム姿で練習場に行き、6時半から8時過ぎまで練習して、その後会社のシャワールームで皆とワイワイ話しながらシャワーを浴びて、カッターシャツ・ネクタイ姿に着替えて9時からの始業に備えました。時々は、着替える時にネクタイがないのに気づき、売り場のマネキンのネクタイを拝借したりしました。
練習後のシャワーの時に、一人だけ違った行動をとるのがいました。彼はシャワーを浴びるのを面倒がり、汗をかいた身体に香水を振りかけて、そのまま着替えていました。彼の職場は女性の多い経理課でモテていました。モテない私たちは職場の女性は見る目がないと言ってお互いに慰め合っていました。
当時は地方の小さな沢山の小売店がお得意さまで、小売店は一つの商品を仕入れるのにも、色やサイズがあるので、セットやパックで購入します。しかし、店では1枚ずつの販売なので、大変だなと思っていました。
しかし、そのうち地方にスーパーや量販店が出店し始めて、小さなお得意さんが次々と廃業していきました。そして、今度は地方の量販店に搬入するようになりましたが、しばらくすると大半の商品がメーカーから直の仕入れに代わり、欠品の補充程度の販売に代わり始めました。私はそのようなときに退職しました。
それが、今ではお客様自身が、ネット等で買うことも増えて、地方の卸売業は衰退の一途をたどり、沢山あった同業他社も次々に姿を消していきました。
かくいう私も、教会のコピー機のトナーやプリンターのインク、ひいては会堂のプロジェクターまでもネット購入するようになりました。兎に角、メーカー直で買うと安いだけでなく、遠くまで足を運ぶ必要もなく、明くる日には手元に届くのでとても便利です。
しかし、便利な世の中にはなりましたが、なんだか人と人との温かい交流が少なくなって寂しい時代になってしまったように感じます。昔は地方の小さな小売店に行くと、お店のおばちゃんがまずお茶や漬物を出して下さり、それを頂きながら世間話をし、相手のお店のことを考えて商売をしておりました。
今は、あの時の様な心を通わす交流の機会が少なくなってしまい、効率優先の世の中への変化に少し寂しさを感じます。
しかし、幸せの原点は愛なる神を知り、互いに愛しあい、支えあうことです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。Ⅰヨハネ4:10~12
No Response to “世の流れに逆らえず廃業”