あるクリスチャンとの40年ぶりの再会

公開済み 9月 20, 2026 by 管理人 in アドナイ・エレ

~ 私たちは、むかし優しかったんだねぇ~

先日、私たち夫婦はあるクリスチャンの葬儀で姶良に行ってきました。その方は昔、大島紬を織っておられて、できた物を問屋さんに持って行かれた時に、聞こえてきた賛美歌の歌声にひかれて教会に入り、そこで全ての創造者で支配者であられる神様を知って、私たち夫婦が洗礼を受けた半年後に洗礼を受けられた方でした。

 やがて私たちが独立して開拓伝道を始めたばかりの頃のこと、彼女の母親が亡くなりました。しかし、そのころ彼女の教会(私たちの母教会)の牧師は体調が悪くて葬儀ができないとのことで、私達に葬儀をお願いしてこられました。

 それで、彼女の申し入れを受けて私たちが葬儀をさせて戴きました。葬儀は彼女の家族が住んでおられるアパートの部屋で行いました。

 その当時、彼女の家族は極貧生活を余儀なくされていました。電気代が払えなくて、電気は止められていたので、子供さんはアパートの階段の明かりで勉強をしているという事でした。(彼は後に高校の数学教師になられてました)

それで、家の中には何にもないような状態でしたので、まず葬儀のために妻が朝市でお花を買って持っていき飾りました。そして、葬儀は家族と私たちの少ない人数のみで密やかに行いました。

 葬儀が終わって帰る時、妻がその家に何もないのを見て、葬儀のことを知った近所の人が来られた時、お茶の1杯も出せなかったら困るだろうからと、葬儀のために持って行っていたポットや急須、湯飲み茶わん等をそのまま置いて帰りました。

 その時の葬儀の謝礼として頂いた中に2万円入っていました。その当時は、私たちも貸家を借りて開拓伝道をしていたので、まだまだ貧しい生活をしていましたが、彼女の家族の方がもっと大変だろうと、翌日1万円を返しに行きました。

その時、彼女の家では2万円が全てのお金だったようで、「あなたのところも貧しいので、・・・」と1万円返しに来てくれて、また信徒さん達が1合ずつ持ち寄ってくれたお米を添えて渡してくれた事が嬉しくて、いつまでも忘れられなかったという事でした。

 私たちは40年も前の話で、すでに忘れていたのですが。先日、彼女はがんを患い入院中で、お見舞いに来られた彼女の教会の牧師に、「佐多さん達に会いたい。会えないと死ぬに死にきれない。どこにおられるか知らないですか。」と聞かれたそうです。そこで先生が「よく知っていますよ、先生にそのように伝えておきます。」と言われたそうです。

 そして、その旨の電話を頂き、先日彼女の入院する姶良の病院まで会いに行ってきました。彼女は大層喜んでくれて、母の葬儀の時どんなに嬉しかったか、どれほど会いたいと思っていたかと言われ、元気に30分程話してくれました。彼女も私たちも40年ぶりに再会できたことに感謝し、喜び合いました。

 それから、6日後に娘さんからお電話を頂き、お母様が亡くなられたと聞き、葬儀に出席するために姶良まで行ってきました。

彼女のご家族も、私たちがお見舞いに行けたことを大層喜んでくださいました。彼女は死の間際、意識もうろうとする中で、最後まで私たちの話をしていたそうです。

善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。ガラテヤ6:9~10

私たちはすっかり忘れていたことなのに、彼女はずっと覚えていて下さって、私たちとの再会を彼女だけでなく、ご家族までもが、とっても喜んで下さったので、こちらもとても励まされました。そして帰りながら「私たちは、むかし優しかったんだね~」と話しました。

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