子供たちとの朝の交流

公開済み 10月 11, 2026 by 管理人 in アドナイ・エレ

~何とかして学校を休みたいよ~

今年もまた、教会前の交差点で子供たちの登校の見守りをさせて戴いております。見守りは、今月で38歳になる三男が小学校に入学するときにボランティアで始めました。(鹿児島市と合併してからは、児童通学保護員として市から任命されて行っています)

始めたころは、通る子供たちの中に、教会に来ていて、よく知ってる子たちが幾人かいたので、彼らが通るときは「おはよう」と言ってハイタッチをしていました。

 すると、それ以外の子たちがうらやましそうに見ていたので、他の子たちにも「おはよう」と言って、手を出してみたら、みんなが喜んでハイタッチをするようになりました。

 それから30数年たって、未だにその慣習が続いています。先日、4年生の女の子たちから「おじちゃん、何歳?」と聞かれたので、「77歳、もうすぐ78歳だよ」と答えました。すると、1人の子が「エ~ッ、家のおばあちゃんと同じだ~」と言うと、もう一人の子が「そういえば、うちのお母さんが小学生の時も、おじちゃんがここに立ってたと言ってたよ。」と言いました。すると、続けて「おじちゃん、いつまで生きるの?」と聞いてきました。「エッ、早く死んで欲しいの?」と冗談で言うと、「そうじゃないよ、何歳まで生きたいの?」。「ウ~ン、100歳までかな」と答えました。毎朝、元気な子供たちと接しているのと、神様を信じているので、年齢の割には若く、また前向きに生きていられることを神に感謝しています。

しかし、【主】を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。イザヤ40:31

 さて先日、6年生の男の子が久しぶりに登校してきました。そこで、私が「おはよう。元気になった?」と聞くと、「うん、元気になったよ。」と言いました。それで、今インフルエンザが流行っているので、「インフルエンザだったの?」と聞くと、彼は顔を曇らせて「それがね~。病院に行ったら風邪だって言われたんだよ。」とがっかりしたように答えました。

 私たちにとってはインフルエンザも風邪を同じようなものなのに、なぜがっかりしているのかピンと来ません。しかし、子供たちにとってはこの二つは全く違うもののようでした。

 風邪は治ったら、すぐ学校に行かなければなりませんが、インフルエンザだったら治った後も、数日は休めて家でたっぷり遊べるという事なのでしょう。

 そういえば、以前こんなことがありました。私たちが住む喜入町には高校がないので、皆中学校を卒業したら、鹿児島市内か指宿市内の高校に電車通学します。

我が家の子供たちも鹿児島市内の高校に通っていたのですが、ローカル線は少し強い雨が降ると運休してしまいます。その時は、車で1時間かけて子供を鹿児島市街地の高校まで送って行くのですが、雨のあと駅の前を通ると、沢山の子供たちが電車の再開を待っていました。それで、「お友達も一緒に送ってあげるから呼んでおいで」と息子を呼びにやりました。しかし、しばらくして息子が1人で帰ってきたので、私が「お友達は?」と聞くと、「せっかく休めるのに、なぜ無理して学校に行かなければ行けないの」と言っていたとの事。

なるほど、正当な理由によって、せっかく公明正大に学校を休めるのに、無理していく必要がないと思っているのは、分かるような気がするなと思いました。

そして、一つのことを思い出しました。私は子供のころ屋久島で育ちました。その当時、屋久島はしょっちゅう台風に見舞われていました。その頃、福岡に住んでいて小学生だった妻は「今度の台風もまた、種子島・屋久島地方だって、そこにはだれも住んでいないのかもね。」と母親に言ったと、後に妻から聞きました。

その当時、台風はなぜか夜にばっかり来るように感じていて、「なんで夜なの、昼だったら学校が休みになるのに」と言っていた自分を思い出します。いつまでも子供たちは変わらないんだなあ~と思いました。

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