福岡への研修旅行 Ⅰ
~主の恵みの中で守られ感謝~
10月11日(日);礼拝を終えて、昼食後に福岡に向けて出発しました。途中、浪費を防ぐために、あらかじめ水筒に麦茶を入れて出ました。鹿児島の桜島パーキングでトイレタイムをとって、熊本の玉名パーキングで5~6分の休憩をとったあとはノンストップで福岡のホテルに向かいましたが、着いたのは夕方6時を過ぎていました。
途中、地震被害にあった熊本県の高速道路を通りました。時々小さな段差があり50キロ制限や対面通行になっている所などありましたが、通行できるように素早い改修工事がなされていました。地震が起きた時は、すでに福岡の宿は予約済みで、支払いも終えていました。しかし地震後、ニュースで高速道路の状況を見ると、高速の陸橋は切断され、大きな段差ができており、土台となる高速下の道路や畑も大きな段差ができていて、これは復旧にはかなり時間がかかりそうだなと思いました。
それが、一般道や新幹線と違い、高速道路に関してはかなり早い段階で復旧がなされていてびっくりしました。これほど早い復旧については、1995年の阪神淡路大震災時に、高速道路の支柱が軒並み横倒しになり大惨事が起きたことを教訓にして、大地震時には振動の強い部分の橋桁だけが落ちて揺れを吸収し、周りの高速道路に影響が及ばないようにあらかじめ設計されていたというのです。さすが、日本の技術の高さに感動しました。「関係者の皆さんありがとうございます。」
さて、車は順調に走り、福岡の太宰府インターで高速を降りて、そのまま福岡首都高速に入り目的の百道(ももち)のホテルに向かいました。百道は私たち(私と妻)が大学時代に4年間生活していた西新(にしじん)のすぐ近くで、良く来ていた所なので他のところより幾分勝手がわかるだろうと予約したのですが、昔の面影は微塵もなくビル、ビル、ビルの乱立で、全く知らない街に変わっていました。
私が知ってる百道は、海岸線で砂浜が続いていて潮風に当たる素敵な場所だったのに・・・、もっとも私たちが住んでいたのは、55年も前でまだ路面電車が走っていた時代だったので、変わって当たり前なのですが、あまりの変わりようにただただ驚くばかりでした。
私は大学時代、日本では福岡が一番理想的な街だと思っていました。東京はビルばっかりに囲まれていて、緑がなく息苦しく感じており、一方鹿児島はちょっと田舎で、もうちょっと発展して便利になったら良いのにと思っていて、福岡がちょうど良いと勝手に考えていたのです。しかし、今や福岡は首都高速が上空に張り巡らされていて、街全体が少し薄暗く感じ、更にビルが乱立して東京の様になってしまいました。それで、今では鹿児島が理想の街になりました。
さて、私たちが予約しておいたホテルは、大きなビルの一角にあり、同じビル内に銀行や専門学校や、様々なお店などが入居していました。ホテルの入り口を捜して周りをぐるぐる車で回って、何とかホテルの受付にたどりつけました。
そこで、駐車場の場所を聞くと「駐車場はありません、近くのコインパーキングに止めてください。」とのこと、昔の百道のイメージでは街はずれなのでひょっとしたらホテルに駐車場があるかなと思って予約したのですが、大きな計算違いでした。
それで、近くの地下駐車場に止めて、ホテルに入りました。ホテルには夕食はなかったので、ビルの1階にある「ほっともっと」で弁当を買い、ホテルの7階の部屋で頂きました。そして、今回も主の恵みの中で守られ、順調に福岡に着くことができたことを感謝しました。
【主】よ。私は、国々の民の中にあって、あなたに感謝し、国民の中にあって、あなたにほめ歌を歌いましょう。あなたの恵みは大きく、天の上にまで及び、あなたのまことは雲にまで及ぶからです。詩篇108:3~4

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