マルコの福音書5章1-20節より
2023年7月30日
<聖書>
1 こうして彼らは湖の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた。
2 イエスが舟から上がられると、すぐに、汚れた霊につかれた人が墓場から出て来て、イエスを迎えた。
3 この人は墓場に住みついており、もはやだれも、鎖をもってしても、彼をつないでおくことができなかった。
4 彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまったからで、だれにも彼を押さえるだけの力がなかったのである。
5 それで彼は、夜昼となく、墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていた。
6 彼はイエスを遠くから見つけ、駆け寄って来てイエスを拝し、
7 大声で叫んで言った。「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を苦しめないでください。」
8 それは、イエスが、「汚れた霊よ。この人から出て行け」と言われたからである。
9 それで、「おまえの名は何か」とお尋ねになると、「私の名はレギオンです。私たちは大ぜいですから」と言った。
10 そして、自分たちをこの地方から追い出さないでくださいと懇願した。
11 ところで、そこの山腹に、豚の大群が飼ってあった。
12 彼らはイエスに願って言った。「私たちを豚の中に送って、彼らに乗り移らせてください。」
13 イエスがそれを許されたので、汚れた霊どもは出て行って、豚に乗り移った。すると、二千匹ほどの豚の群れが、険しいがけを駆け降り、湖へなだれ落ちて、湖におぼれてしまった。
14 豚を飼っていた者たちは逃げ出して、町や村々でこの事を告げ知らせた。人々は何事が起こったのかと見にやって来た。
15 そして、イエスのところに来て、悪霊につかれていた人、すなわちレギオンを宿していた人が、着物を着て、正気に返ってすわっているのを見て、恐ろしくなった。
16 見ていた人たちが、悪霊につかれていた人に起こったことや、豚のことを、つぶさに彼らに話して聞かせた。
17 すると、彼らはイエスに、この地方から離れてくださるよう願った。
18 それでイエスが舟に乗ろうとされると、悪霊につかれていた人が、お供をしたいとイエスに願った。
19 しかし、お許しにならないで、彼にこう言われた。「あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。」
20 そこで、彼は立ち去り、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、デカポリスの地方で言い広め始めた。人々はみな驚いた。
(マルコの福音書5章1-20節)
<説教>
湖の向こう岸はゲラサ人の地でした。まことの神さまから離れた異邦人の世界です。
そこに汚れた霊に取りつかれた男が次のような姿でいました。
① 家に住まないで墓場に住んでいた。
(人から離れて社会性を失っている状態でした)
② 何度も鎖と足かせでつながれたが、鎖を引きちぎり足かせを砕いていた。
(非常に狂暴な姿でした。誰も彼を押さえつけることはできませんでした)
③ 夜も昼もずっと墓場や山で叫び続けていた。
(彼の魂は助けを求めていました)
④ 石で自分のからだを傷つけていた。
(自分の価値を忘れて、自分を健全に愛せずにいました)
⑤ 長い間、着物も着ず裸でした。
(理性、人間性を失っている状態でした)
彼は自分の中に悪霊が働いていることを知っていました。レギオンという名前の悪霊は、ローマ軍の6千人で編成される軍団のように多数で強い力で男を縛ってしました。誰も彼を助け出すことはできませんでした。彼も自分の力ではこの悪霊をどうすることもできませんでした。それはユダヤが圧倒的な力でローマに支配されて、ローマの軍隊が、悪事を働き、人々を苦しめている状態でした。
イエス様が舟から上がってきたのを見た時、男はイエス様を迎えにいきます。どんなに悪霊の力が強くても、まことの神さまの力を信じることが大切です。イエス様がこの地上に来られたのは、悪魔を打倒すためなのです。
神の子が現れたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。(Ⅰヨハネ3:8)
イエス様を信じる者は、いたずらに悪魔を恐れることはありません。しかし、悪魔の力を侮ってはいけません。確かに罪を犯させようとする力は存在するのです。キリスト者生活を最後までやり遂げることは、悪魔との戦いでもあると言えるからです。
悪霊たちは神の子イエス様に自分たちを追い出さないでくださいと願いました。堕落した道徳の乱れたこの世界は悪霊にとって住みよい環境なのです。聖書は、毎日が邪悪な日であり、今は悪い時代だと言います。
悪霊はサタン(悪魔)の手下で、この世で大勢い活動しています。人や動物に入り、神の働きや、計画を妨げようとします。サタンは、24時間365日ずっと、破滅させることができる人々を探して歩き回っています。
身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。
(Ⅰペテロ5:7)
この御言葉の記者ペテロにとって、「目をさましていなさい」は忘れることのできないイエス様のことばです。悪魔がペテロを征服して、イエス様を拒ませたことを忘れませんでした。
悪魔は吠えたけるライオンのような凶暴性と破壊性によって、イエス様を信じる信仰を失わせようとします。
しかし、イエス様によって信仰を守られたペテロは初代教会で力強くイエス様を証する者に変えられます。彼は確信して言います。
堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。
(Ⅰペテロ5:8)
イエス様の神の権威あるみことばによって、このゲラサ人の男に取りついた汚れた霊は追い出されました。彼は正気に返り、家に帰り、着物を着て、神の救いを言い広め始めます。それはゲラサ人の地、デカポリス、ギリシャの植民地、異邦人の地でキリストの救いのみわざはこの男性から広がっていくのです。
問 人の主な目的はなんであるか?
答 人の主な目的は神の栄光をあらわし、神を永遠に喜ぶことである。
ウエストミンスター小教理問答の第一問目
(プロテスタンキリスト教会の信仰基準)