乳癌を体験して-1年が経ちました(1)
~ 愛は礼儀正しい ~
昨年11月5日某病院を受診して、11月22日「乳管癌です」との告知を受けました。そして、今年の1月10日手術をしていただきました。2月7日より5年間ホルモン剤の服用をすることになり、4月20日から5月28日まで放射線治療をしていただきました。
3月5日再診の際、次の予約日が6月4日に決まりましたが、その時主治医の先生がちょっと寂しい顔をされておられたので、「あれは何だったのでしょうか」と、その後ずっと気になっていました。
5月28日放射線治療終了後、○先生が「主治医の先生が院長になられて他県の病院に異動されました。」と教えてくださいました。
主治医の先生を私は特に尊敬しておりました。手術の腕はこの上ないものですが、診察の時の対応も丁寧でした。でもそれらのこと以上に私が感動したのは、術後すぐに診察に来て下さったときのこと、ベッドの左側が出入り口になっていて、私は左胸を手術していただいたので、直線で来られたら最短で来ることができたのに、ベッドの右側の窓際の椅子に主人が座っていたので、私の足元の方からグルっと回って主人の視界に入らない所に立たれて、出血がないか、汁(液)が出ていないかなどを診られました。
いくら患者とはいえ、私は主人以外の男性に胸を診られているところを主人に見られたくないし、主人も自分以外の男性が妻の胸を診るところを見たくないだろうし、おそらく先生はそれらを考慮して、私の心にも主人の気持ちにも配慮してくださったのだと感謝しました。
その後、主人が「あの先生は外国にも行っているから、(このことは先生が異動されてからネットで調べて経歴を知りました)そういう人権だとか女性に対する接し方等も学んで来られたんだと思う。」と何度も言っていました。紳士的で思いやりのある先生の行動に2人とも感動しました。私はこの点を先生の中で一番尊敬しています。(5月24日『女性の尊厳』にも書かせていただきました。)※聖書には「愛は礼儀正しい。」とあります。
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。Ⅰコリント13:4~6
この先生が異動なさったことを聞いた時、あの3月5日に先生とお会いしたのが最後で、次回が6月4日と決まった時に寂しい顔をなされていた理由がやっとわかりました。自分の家族や教会員だったら「何かありましたか」「どうかされましたか」と尋ねたと思うのですが、先生に馴れ馴れしく話しかけられなくて、とても悔しい思いをしました。
先生が今後もまた、他県の病院でも神様からの召しに従って良いお仕事をしていかれるようにお祈りさせていただいています。
6月4日
新しい主治医の先生にお会いしました。長男と同じぐらいの年齢の若いお医者さんです。
いつものように経過報告、(5kg痩せました。いち日に腿《もも》上げ120回を続けています。etc)を書いて提出しました。
また「2月6日取り出した組織を見せていただいた時、横に1~2㎜単位で切断していたのは何のためですか」と質問しましたら、「全体をまんべんなく見るためと癌細胞を全部取り切れているのかを確認するためです。」というお答えでした。 これからは、新しく担当してくださる主治医の先生を信頼して行こうと思います。次回の診察日は9月2日です。
No Response to “乳癌を体験して-1年が経ちました(1)”