器の大きさ

公開済み 7月 31, 2022 by 管理人 in アドナイ・エレ

~心の広い、偉い人とは~

近年、私たち夫婦が年取ったことにも関係があるのでしょうが、使う食器の大きさが変わってきました。今までは食事の折、品々をそれぞれの小さな器に盛って頂いていたのですが、近ごろは大きなワンプレートの器も使用するように代わりました。それで、食べ物を並べるのも運ぶのも、食後に食器洗いも数が少なくなって、手伝うのがとっても楽になりました。

さて、陶器やプラスチック製等見える物はその器の大きさが一目でわかりますが、人間の心の器の大きさ(度量)はなかなか外からは見えません。ただ、私たちがどれだけの人に仕えられるかである程度は分かるというのです。

「赤ちゃんは王様だ」という歌が昔流行りましたが、赤ちゃんは人々に仕えさせるだけで、仕えることはできません。しかし、大きくなるにつれて弟や妹の世話をしたり、お母さんのお手伝いをしたりと少しずつ仕えられる範囲が広がっていきます。

大人になって貧しい国や難民の住む地域に入り、一緒に生活しながら、医療支援や生活支援、さらに自立のために農業指導したりする人を見ると、頭が下がります。こういう人こそ心の器が大きい人なのだと思えます。

一方、権力を持ち人々を従えて、威張って大勢の人々の上に君臨することは器が小さくてもできることです。もちろん、人の上に立って人々のことを考え、苦しんでいる人や痛んでいる人に仕えておられる人もたくさんおられると思います。

イエスさまの弟子たちが、弟子の中で誰が一番偉いかと話しているのを聞いて、イエス様は次のように教えられました。

そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者たちは彼らを支配し、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」マタイ20:25~28

イエス様は仕える人になりなさい。人に仕える人こそ偉い人であり、心の器が大きくなれば大きくなるほど多くの人に仕えられますと言われたのです。

私たちも学校において、職場において、地域社会において人々に仕える人こそ、偉い人だということを肝に銘じましょう。たとえ今、人に仕える立場にいるとしても卑下する必要はありません。また、立場が上になればなるほど仕える者になりましょう。

そして、最高に器の広い人はイエス様です。イエス様は人々の上に君臨して、豪邸に住んだり、ぜいたくな生活をしたりすることはありませんでした。

イエス様の生涯は枕するところもないほど、つまりゆっくり休む時間もないほど、病気の人や障害を持った人、悩み苦しんでいる人のところに行って、人々に仕え、問題を解決してあげました。そして、最後はすべての人の罪を負って身代わりに十字架で罪を清算して下さいました。

イエス様の器が大きいので、すべての人に仕えることができたのです。一方、多くの宗教家と言われる人は権力を持ち大勢の人の上に立って自分の力を誇示します。そのような宗教指導者は本物ではありません。

そして、イエス様はすべての人に次のように呼びかけられます。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。マタイ11:28


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