緑のおじちゃんから児童通学保護員へ
~ボランティアがいつしか準職員に~
先日、令和5年度鹿児島市児童通学保護員研修会に出席してきました。これはどういう集まりかというと、要するに鹿児島市の小学生の登校を見守る緑のおじさん・緑のおばさんたちの勉強会です。
例年は市役所の大会議場で百数十名の人たちが集まって、勉強会を行うのですが、今回は日にちを違えて2会場に分かれて行われ、前回の半分ぐらいの距離にある会場で50人ぐらいの通学保護員が集まって行われました。以前より近いと言っても、家から車で30~40分はかかる場所なので、少し早めに家を出たら、全体で1番早く着いてしまいました。
ところで、なぜ私が緑のおじさんをするようになったかというと、喜入町の信号のある交差点の角に教会が建てられ引っ越して来た時に、小学校から月の1日と21日の2回、PTAから保護者の方が2人来て、交差点の角に立って、子供たちの見回りをしますので、その時のために横断旗を預かって頂けないかとの打診がありました。
特に問題は感じないので、旗を預からせて頂くことにしました。そして、私が預かった旗をじっと見ていると、子供たちは毎日通るのに、見守りは月に2回だけか、いっそのこと私がボランティアで毎日させていただこうかなとの思いになりました。
預かった旗は、PTAの方が来られた時に使われるので、それを勝手に使うことはできません。そこで、その当時は揖宿郡喜入町だったので、指宿警察署に行って、「喜入町の交差点でボランティア活動として、子供たちの登校の見守りを始めたいと思いますので、旗を融通していただけませんか?」とお願いしました。
すると、警察官の方は少し困ったような顔をして、「あそこだったら、管轄が違うのですが、・・・。」と言われて、「ちょっと待ってください。」と言って、警察の方が持たれるような、電池が入っていて、夜に点灯して使えるような旗を持って来て下さいました。
そこで、ご厚意に感謝しながら頂いて帰りました。ただ、子供たちの登校時の見守りなので、夜に使うことはないので、中の電池を抜いて軽くして、教会前の交差点でボランティアの緑のおじさんを始めました。
すると、教会に来て知っている子たちは横断歩道を渡るときに、「おはよう」とお互いに声を掛け合って、そのうちに私とハイタッチして通って行くようになりました。すると、他の子たちが恨めしそうにそれを見ているので、試しに手を出してみると、皆喜んで「おはよう」とハイタッチをして通るようになりました。
毎日、百名以上の子供たちが通るのですが、たくさんの子たちが親しく私に話しかけてきてくれるので、全員の名前を憶えて、一人ひとりの名を呼んで「おはよう」と挨拶するようにしました。
そのようにして緑のおじさんを続けていましたが、そのうちに喜入町が鹿児島市と合併することになりました。すると、それからはボランティアとしてではなく、鹿児島市の準職員として児童通学保護員との肩書をいただき、幾らかの報酬を頂いた上に、事故のための保険にも入れていただけるようになりました。ただ、毎日の活動報告を書いて、月ごとにそれを小学校を通して、市の安心安全課に提出する任務が与えられました。
それで1年に1回、今回のような研修会を行って、児童通学保護員の任務の根拠を道路交通法14条から学び、通学保護員の任務遂行の具体的な活動や、心得等の学びがあり、市の準職員としての自覚を持つように教えられるようになりました。
初めてもう30年が経ちます。子供たちはどんどん成長していきますが、私は旧態依然として街頭に立ち続けています。私は今年で後期高齢者ですが、もう少し頑張りたいと思っています。
しかしイエスは、幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです」ルカ18:16
No Response to “緑のおじちゃんから児童通学保護員へ”