全身全霊を傾けること
~仕切りっていらない!?~
5月場所は横綱白鵬の優勝で幕を閉じました。今場所は郷土出身力士の新鋭、千代鳳や千代丸、それにようやくマゲが結えるようになった人気者で有望力士の遠藤などによる溌剌とした生きのいい相撲が見られました。残念ながら3人とも負け越してしまったのですが、その果敢に挑戦する姿からは多くの感動を戴きました。
勝ち越した力士や負け越した力士、実力を十分発揮できた力士や思うように力が出せなかった力士等様々ですが、私としては白熱した取り組みを見せていただいて感謝しています。
しかし、15日間あっという間に終わってしまい、今では5時からの楽しみの時間が無くなって少し寂しい気持ちになっています。
さて、相撲には制限時間と言うのがあって、幕内4分、十両3分、幕下2分と大体決まっています。しかし、朝から始まった取り組みが、夕方6時ごろまでに全て終わるように、多少の時間調整はしているようです。
力士たちが土俵に上がり、制限時間いっぱいになるまで、何度も仕切りを繰り返して、軍配が返ってようやく取り組みが始まります。しかし、一瞬で勝負がついてしまうことも良くあります。
私と妻とは相撲観戦の仕方が多少違っていて、その様な時妻は「長いこと行ったり来たりして仕切っていたけど、もう終わったの?」といかにも仕切り時間を、無駄にただ時間を費やしていたように考えています。
ですから、仕切りが始まったら他のチャンネルでニュース等を見て、取組が始まる頃を見計らってチャンネルを合わせ取組だけを見るという観戦の仕方をします。
しかし、仕切りは相撲する両者が徐々に心を集中していき、勝負する呼吸を整えるために大切な時間になっており、それを見ている私たちも徐々に興奮して気分が高揚したところで「ハッケヨイ・ノコッタ」との声が掛り観戦するので、相撲好きな人々には大切な時間になっているのです。
私はテレビ中継が始まる以前からも、よくラジオで相撲の取り組みを聞いていました。そのころの仕切りの4分間は力士の様子が見えないのに、ただじっと取り組みが始まるまで解説を聞きながら待っていなければならなりませんでした。しかし、結構土俵上の力士を想像しながら興奮を抑えつつ、取り組みを待っていたように思います。
ただ昔は、取り組みの様子が見えないで実況を聞いていたので、両者が立ち上がって取り組みが始まっても、具体的にはほとんどどうなっているのかわりませんでした。そして、勝負がついても歓声の大きさで実況が聞こえません。それでも耳を澄まして、興奮して聞いていると、「○○山の勝ち」と言うような実況アナウンサーの声が歓声の中からかすかに聞こえてきて、喜んだり、がっかりしたりしていました。
力士たちが4分間の仕切り時間の間に全集中力を立ち合いの一瞬にぶつけるべく準備していくように、私たちも集中力を持って仕事や勉強に当たれるように、もっと日々の集中力を増やしていきたいと思います。
イエス様は私たちが生きていく上で、最も集中して行うべきことは、神である主を全身全霊で愛することと、周りの人々を心を込めて愛することであると教えられました。
「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」マタイ22:36~40
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