ありがとうございました
〜幸せなご両親ですね。〜
作:佐多多視子
主人が退院してから1ヶ月が経ちました。主人が入院した病院は、次男の小学時代の同級生のお父さんが院長となって経営しておられる病院でした。そして、そこの看護師長さんは私たちと同じ喜入町の方でした。
看護師さん方やリハビリを担当してくださった方々も皆さん温かい方達で、お陰でゆっくり療養することができ、予定より早く1ヶ月で退院することができました。そして、今週から祈祷会・賛美集会・えいのお茶会・介護施設への訪問等を再開できました。
主人の入院中は大概、入院中の患者である主人の病状について聞かれるでしょう。でも、私の周りの人たちは、運転できない私のことを案じて、(病院まで車で30分ほどかかるので)「どうやって病院まで行かれますか?」「今日市街地に行きますが、お送りしましょうか?」「多視子先生お体を気を付けてくださいね。」「何かあったらいつでも声をかけてくださいね。」等、私のことまで気づかってくれました。
主人の入院時には教会のKさんが車を出してくれました。また私は元気でしたが、私の分の食事を作って来てくれたりもしました。主人が退院した後も、私の体を気遣って何人もの人が声をかけてくれました。抱きしめてくれた姉妹もいました。病人が出たとき、看病や介護する家族の方への気遣いも大切なことを学ばされました。
また、病院内ではネットを使えなかったので、主人が作った聖書メッセージや週報に入れる資料等、市街地に住んでいる弟さんが毎週病院に来て、パソコンを預かって自宅に持って帰り、そこからネットで資料を教会に送ってくれていたので、毎週の週報づくりも滞りなく行うことができ助かりました。
また、「遠くの親戚より、近くの他人」というけれど、関東に住んでいる子供たちが交代で週末に帰ってきてくれて、院長先生に病状を聞いてくれたり、教会のことをしてくれたり、私のために動いてくれたりして、助かりました。
実は私としては手術か何かあったときは子供の中の一人は付き添っていて欲しいと思いましたが、子供から電話があったときは、「帰ってこなくていいよ。」と答えました。しかし、「いや、帰ってくる」と言ってくれてそれぞれ仕事の都合をつけて帰って来てくれました。
長男が帰省する日、「病院で待ち合わせましょう。」と言ってたのに、JR谷山駅を出ると長男が待っていました。飛行機を降りてレンタカーを借りて、ここまで1時間余りで着いたという事は相当飛ばしてきたのでしょう。私はゆっくり運転して、病院で会えばいいと思っていたのに、・・・(事故でも起こしたらどうするのかしら。)でも、彼らしいなと感謝しました。
「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。」という約束です。エペソ6:2~3
そのような姿を見て「幸せなご両親ですね。」と他の教会の牧師さんたちに言われました。
主人は日本中の様々な地域の人たちにお祈りして頂きまして、幸せな入院生活を送ることができ、元気に退院できました。本当にありがとうございました。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。伝道者3:11
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