主の御手の中で
~【主】のはかりごとだけが成る~
先週は、イエス様を信じて伝道を始めた私たち夫婦が谷山の伝道所に移って活動を始めたところまででした。伝道所は信じて間もない私たちが志願して行かせてもらっただけで、伝道所の再建を意味するものではありませんでした。したがって、母教会の奉仕をいい加減にはできません。
朝、8時過ぎに伝道所を出て、母教会に向かいます。そして、9時からの教会学校教師から始まって礼拝、分級、役員会、執事会等が終わって、3時半ごろ伝道所に帰り着くと、すでに近所の子供たちが40人ほど集まってきています。そこで、子供の集会をして、その後庭に出てみんなで遊びました。
そんな中、神学校に行くか、開拓に出るかの導きを求めるために、私は3週間の断食祈禱のために韓国に渡りました。帰って来て、先の経済的な見通しの見えないまま主に信頼して開拓伝道をスタートしました。
私は会社を辞めてゼロからの出発です。その時すでに4人家族になっていましたので、経済的な問題や、私たちの住まいや礼拝のための集会所、全く当てのない所から神様だけに頼ってのスタートでしたが、そのような状況下で3男が生まれました。
その後の4年間家族はおかゆ生活です。食事は栄養失調にならないように、妻が最低限のお金で、魚も肉も買えなかったので、たんぱく質は卵料理や豆腐料理を中心に食事を作ってくれました。中学生だった長男は給食でみんなが飲まなかった牛乳パックを毎日貰って来て、それを翌日の家族の朝食として飲みました。
やがて、2軒アパートの1階と2階を借りて、1回を教会、2階を住まいとして使いました。教会堂もない十字架もない普通のアパートなので、せっかく誘って来ても警戒して中に入ってくれない人もいたようでした。
また、谷山にはすぐ近くにフォースクエアの教会とアッセンブリーの教会がありました。それで、3教会で協力して合同伝道集会を開いたりして、楽しく交わり協力していました。
そんなある時、教会のない地域にトラクトを配布するならば、無料でチラシを提供しますとのチラシを見ました。お金がなく思うように伝道できなかったので、すぐ申し込みました。その教会のない地域として申請したのが、今住んでいる『喜入町』でした。間もなく、段ボール3箱のトラクトが届きました。
いよいよトラクト配布を始められます。しかし、その当時は谷山での伝道に力を入れていたので、自分が喜入町に来るつもりは全くありませんでした。ただ、「この地に教会ができますように」と祈りつつ進めました。
喜入町は6部落に分かれていたので、トラクト配布をするのに、お隣の谷山福音教会の方々や、沖縄DTSの方々に協力して頂いて、数年かけてやっと配布が終了しました。
しかし、しばらくして借りていた住まいと集会所のアパートを明け渡すことになりました。そこで、集会ができる貸家を探しましたが、不特定多数の人々が出入りすることがネックになって、なかなかいい物件に当たりません。
それで、広い借家の家賃を払うぐらいなら、そのお金を教会堂建設のローン支払いにできるのではないかと思うようになりました。しかし、住んでいる谷山は土地の値段が高くて手が出せません。そのようなときに教会員のお父さんで建築会社の社長さんが、現在の喜入駅前の土地を紹介してくれました。地方ではありましたが、喜入駅の近くで交差点の角で、110坪の広さで祈ってきた通りの土地だったので、購入して会堂建築を始めることにしました。結局は、トラクト配布の時点でここに来るようになっていたのだと思います。
人の心には多くの計画がある。しかし【主】のはかりごとだけが成る。箴言19:21
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