問題は眼ではなく、私の適当さ?

公開済み 3月 29, 2026 by 管理人 in アドナイ・エレ

~ 私の適当さが各所で露見 ~

私は小・中学生の頃から勉強の方では、あまり目立つようなことはなかったのですが、視力の良さだけは自信がありました。それで、視力検査の日はウキウキして学校に行きました。

 視力検査が始まり、私の番になりました。視力検査を受ける同級生が周りで沢山見ています。検査員の指し棒が大きい字から始まって、私が答えるにつれて、どんどん小さな字や記号に移っていきます。そして、一番下の最も小さな字を差して、私がそれに応えると、周りで「わあ~」と驚く声が聞こえます。

 そして、検査員から「右2.0,左2.0」と言われると、得意げにそこを離れて次の人と変わります。その快感が忘れられなくて、目には緑を見るのが良いと聞くと、山の緑を見て目が疲れないようにして視力検査に備えていました。

 その私が40代後半になると、目がかすむようになってきて、教会の賛美で前に映し出される字幕がぼやけるようになりました。「歳の勢だ、しょうがない。」と諦めていましたが、本を読んだりするのもきつくなってきたので、眼科に行くと「白内障」と診断され、とりあえず悪い方の右目だけ手術することになりました。

 そして、手術をすると、噓みたいに明るくなり、礼拝賛美の字幕もはっきり見えるようになりました。それで感謝、感謝で過ごしてきました。

 それが先日、車の免許更新のため、交通安全センターに行った時に、交付前の検査で、「左目の視力が0.3ほどしかないです。免許交付はできますが一度眼科で見てもらってください。」と言われて、以前白内障の手術をした眼科とは違う眼科に行きました。

 問診表に白内障手術約10年前と適当に書いて出しました。すると、医師から「9年前に検査に来た時も、10年前と書いてありますね。」と言われてしまい、私の適当さがばれてしまいました。

 そして、検査の結果は「左目は白内障になっていますが、年相応で緊急に手術を要するほどではありません。又左の視力は0.6ですので、運転するのに特に問題はありません。」とのことでした。

 さて、次の出来事は視力とは直接関係ありませんが、以前外国人技能実習制度で二人のタイの女性が、近所に居を構えられて、その内の一人が教会の礼拝に出席されました。タイは国民の95%が仏教徒と聞いていたので、驚きましたが外国に来て教会がどういうところかを見学に来られたのでしょう。礼拝後少し交わって帰られました。

 明くる日、私が教会前の交差点で子供たちの見守りをしていると、交差点の向こう側に彼女が見えたので、私が「タインさ~ん」と呼んでみましたが、まったく反応がありません。聞こえなかったかなと、もっと大きな声で「タインさ~ん、タインさ~ん」と叫んでみましたが、それでもまったく反応しません。

 ナゼ?アッそうか、昨日私は教会でスーツを着ていたのが、今日は緑のおじさんの制服・制帽なので、私だと分かっていないのかもと思って、帽子を脱いで「わたし、わたし」と叫びましたが、それでもまったく反応がありません。

 そうか、タイは仏教国なので、教会に行ったことが公になると彼女にとって都合が悪いのかもしれないなと思い、彼女の名を呼ぶのを諦めようとしました、するともう一人のタイ人が向こうから歩いてきました。よく見るとその人が昨日のタインさんでした。ハハハ

 ここでも私の適当さが露見してしまいました。

小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。ルカ16:10

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