遠い昔の夏休みの思い出

公開済み 8月 4, 2019 by 管理人 in アドナイ・エレ

~小事に忠実な人~

子供たちが夏休みに入り、私の朝の街頭での見守りもしばらくお休みです。毎朝の子供たちの元気な声が聞かれないのが少し寂しいですが、時々「トイレ貸して~」と駆け込んでくる子供たちに夏休みの子供集会の案内を渡して、「来てね~」と誘っています。

しかし、今の子供たちはとっても忙しそうです。家族旅行に行ったり、習い事やスポーツ少年団の練習があったりでなかなか自由な時間が取れなさそうです。夏休みといえども多くのご両親はお仕事を休めないので、子供たちも昼の時間はいろいろ習い事等を入れているのだと思います。

私の子供のころは、田舎だったこともあって夏休みは朝から晩まで全くのフリーでした。毎朝6時半から学校で行われるラジオ体操に出席します。この時は友達が集まる絶好の遊びの時です。ラジオ体操が終わると、必ずソフトボールが始まります。それに熱中していると、朝食の時間は飛んでしまいます。そして、昼前になってようやくお腹がすいていることに気づき、遊ぶのをやめてそれぞれが家に帰ります。

昼食を食べると、すぐまた外に飛び出します。母が家から「帽子を被って行きなさい。」と叫びます。夏休みは特に海や川での遊びが主になります。魚釣りをしたり、川で泳いだりして遊びました。魚釣りは釣り竿だけをもって海に行き、岩場にいるフナムシ(家にいるゴキブリとほぼ同じ姿)を取ってそれを餌にして釣り針につけて釣りをしました。フナムシでも結構魚は食いついてくれました。

また、当時は学校にプールなど勿論ありません。先生が学校の近くの川まで引率してくださって、みな川で泳いでいました。そこで、夏休みも同じ川で泳ぐのですが、係留した小舟から交互に川へ飛び込んで泳ぎました。飛び込みが慣れない内は水面で思い切りお腹を打ち水しぶきが豪快に上がるので、「腹打ち」と言われ、飛び込み下手の代名詞となっていました。

また、母には子供同士で船に乗って遊んではいけないと言われていましたが、隠れて伝馬船に友達同士で乗って遊びました。しかし、わが家が川べりにあったのでいつもドキドキしながら遊びました。一度は母が橋の上を歩いているのが見えて、肝を冷やしました。母は子供たちを信用していたのか、見つかることはありませんでした。

楽しい、楽しい夏休みも、終盤に近付くとほとんど手つかずに置いてある宿題が心配になります。その頃になると外で遊んでいても宿題が心配で前のように思いっきりは遊べなくなります。当時は「夏休みの友」だけの宿題だったのですが、それが私にとっては山のような勉強量に思えました。

宿題していないのが母に見つかり、それからは外出禁止令が敷かれて、夏休みが終わるまで宿題の毎日です。楽しいかった夏休みの思い出も、毎年最後は苦い思い出に終わってしまいました。

やがて、わが家の子供たちが学校に行くようになって、彼らが宿題をもらってくるや、ほぼ徹夜してまで休み前に終わらせてしまい、休み期間中目いっぱい遊ぶのを見て、えらいな~、私みたいに終盤に宿題に追われて苦しい思いをしなくて良いので、うらやましいな~と思ってみていました。

小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。ルカ16:10

聖書の御言葉も、毎日コツコツと学んでいると、やがて深い真理を知り、神が生きておられて、私たちを愛しておられて、私たちのために救いの道を開いてくださったことを悟ることができます。

しかし、救いの道は勉強していても、私のようにしていなくても、ただ信じるだけで誰でもが恵みを受けられるように開かれています。

No Response to “遠い昔の夏休みの思い出”

Leave a Comment