神の創られた美しい世界
~主を褒めたたえよ~
新しい年を迎えて、教会堂や牧師室に母子室、それに2階の牧師館の各部屋に掛けてあるカレンダーが一新されました。それらは1年ものや月ごとに分かれたもので、新たな気持ちで素晴らしい日々が待っているであろう1年のスタートを示してくれています。
今年もわくわくしながら新年を迎えました。それには、私たちには真実な神様からの下記の約束があるからです。
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。ローマ8:28
元旦の朝のテレビを何気なく見ていると、日本各地で見られる初日の出の様子をリアルタイムで放映していました。日本中で日の出の時間が少しずつずれて居るので、場所を変えるごとに地平線から昇る朝日や、雲の上に顔を出す朝日、都会のビルの向こうに輝く朝日、富士山の頂上から徐々にあたりを明るく照らし出す朝日等が次々に映し出されて、どれも素晴らしくその美しさに感動を覚えました。
薄暗い中に少し黄色味を帯びて、徐々に辺りが明るくなってくる薄明、そしてついに丸い太陽の上部がちょこっと顔を出します。すると、瞬く間にどんどん丸く輝く明るい太陽の全貌が見えて来ます。
地平線上に出る太陽は、薄暗い海の上に黄色く輝く線状になってこちらに迫ってきます。また、薄い雲に反射して丸い太陽の周りを放射線状にいくつもの線を引くように黄色い光線が広がっているのが美しく見えるところもあります。
私たちは、このような日の出の様を見るだけで、神様の創造の素晴らしさを体感することができます。神様はこの世界を色のない無味乾燥なものに造ることもできたでしょう。また、私たちの目が色を感知できないものに造ることもできたでしょうし、たとえ色を感知できたとしてもそれらに何の感動も覚えないような感情を持たすこともできたでしょう。
しかし、私たちは私たちの住む地球の自然界のあらゆるものの美しさに目を見張り、感動を覚え、喜びを感じます。またテレビ画面から目をそらし、窓の外を眺めると緑に輝く山々が目に飛び込んできます。その緑の色も一色ではなく微妙に違う美しさです。人間以外の動物では、この美しさを感じることはできないのだろうなと思い、感動を与えてくれる神様に感謝します。
しかし、これらの美しい被造物は、それがいかに美しいからと言っても、あくまでも拝する対象ではなく、愛でる対象であります。神様が私たち人類を愛し、それらによって喜びや平安を与えられるように、そのように創られたのです。
天地万物を創造し、私たちを創り生かしておられる神様はこの真理をすべての人に知ってもらいたいと願っています。
神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。それゆえ、彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。ロ-マ1:20~23
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