まことの信仰とは?
~本物と偽物とを見分ける~
先日、安倍前首相が凶弾に倒れるという凄惨な事件が起こりました。犯人のお母さんが、(彼のお父さんが亡くなられてから)旧統一教会に入り、それに全財産、家や土地、事務所など計1億円をささげて家族は極貧の生活を強いられ、お兄さんは自殺されたそうです。
また、ご両親は一流の大学を出られ、彼自身もトップの成績だったのに、経済的な理由で大学に行けず、自分の家族をめちゃくちゃにした、統一教会を恨み憎しみを募らせて復讐を誓っていたそうです。そして、その関連団体の集会でメッセージをしていた安倍前首相を狙ったということでした。
統一教会がキリスト教の名をかたって聖書の学びをするように誘い、最初は「塩狩峠」などのキリスト教のビデオを見せて、安心させて徐々に違う方向に連れていき、統一教会と気づいた時はすでにどっぷり浸かっているということです。そして、全財産を吸い取られるばかりでなく、借金をしてまで献金させられます。
この宗教は以前、霊感商法などで高額の壺や印鑑を売るので、世間で問題視され騒がれたことがありました。それで、教団を守るために、政治的に力のある人たちとの関係を構築して世間の批判を免れようとしていたのではないかと思われます。
統一教会の信者は文鮮明をメシア、すなわち救い主・キリストとしてあがめます。しかし、この教団がやっていることはキリスト教とは似ても似つかないもので、ほぼ正反対のことをやっています。ここで、整理しておきたいのですが、聖書では偽キリストが出て人を惑わすので気を付けるようにと警告しています。
そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。」マタイ24:4~5
偽物か本物かを見分ける手段としては、まず偽の宗教は、このままだと地獄に落ちるとか占い等で将来本人や家族に障害や問題が起こる等の不安と恐れとを与え、それによって人々をマインドコントロールしていきます。入信させ高価な壺や印鑑を買うことによって呪いから解放されると言って献金をさせるのです。
一方、本物の信仰は、神は愛であり、私たちに平安と喜びを与え、希望を与えます。信仰によって問題が解決し、喜びや平安が与えられないなら、それは真の信仰ではありません。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。マタイ11:28
また、偽の宗教の教祖は自分の栄光や繁栄を求めます。教祖・文鮮明は10名以上の妻を持ち、たくさんの信徒を仕えさせて贅沢な暮らしをして、人々の上に君臨していました。
しかし一方、イエス様は私たちを不幸にしている罪を清算するために、人となって来られ、人々の為に犠牲となって死んで下さり、天国への道を開いて下さったのです。そして、私が人々に仕えるために来たように、あなた方も仕える者になりなさいと教えられました。
したがって、私たちは自分の奉仕や多額の献金で救いを得るのではありません。神の一方的な恵みによって、信じることを通して救いを与えられたのです。それで、礼拝や賛美や奉仕を感謝をもって行うのです。それで、私たちの人生は救いの希望を持つ喜びの人生となるのです。天国への確証がないと、死ぬまで不安・恐れは解消されません。
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。エペソ2:8~10
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