みんな良い子たち
~砂利をかたずける子たち~
私たちの教会は大きな交差点の角に建っています。教会から横断歩道を渡った角で三方から来る子供たちが、お友達と待ち合わせて学校に向かいます。私はそこに立って子供たちの登校の見回りを長年続けています。
その角は以前、朝市が開かれていましたが、閉じられ空き地になっていました。すると、数年前そこに素敵な美容院が建ちました。そして、美容院の周りは砂利が敷き詰められており、美容院の庭と道路とを隔てる塀は低くて、子供たちがお友達を待つ間に腰かけるのにちょうどよい高さになっていました。
そして、子供たちが塀に座っているとすぐ後ろに砂利があるので、沢山の子が友達を待つ間に、それを手に取って遊び始めました。中にはそれを投げたり捨てたりする子も現れて、数年の間にそれが道にたくさん散らばってしまいました。
それで、子供たちに「この砂利だってお金を払って買ってきて、庭に敷き詰めているのだから、人の物を盗っているのと同じなんだよ。」と子供たちの登校見守りをしながら注意しましたが、沢山ある砂利の中から幾らか取って捨てても大勢に影響がないように感じているのか、子供たちは一向にそれで遊ぶのをやめようとしませんでした。
するとある時、4年生の女の子の一人が、道に落ちた砂利を手で拾って美容院の庭に戻し始めました。それを見て一緒にお友達を待っていた女の子たちも手を汚しながらも道路に散らばった砂利を拾って庭に戻し始めました。
しかし、道に散らばった多くの砂利を手で集めても一向に綺麗になりません。そのうち、私に箒と塵取りを貸して下さいと言って、それで道に散らばった砂利をそれで集めようとしていましたが、砂利は箒の目からこぼれてなかなか思うようにいきません、その内に時間がなくなり、登校して行きました。
子供たち、主に男の子たちが散らした砂利を、彼女たちは登校途中に箒と塵取りを借りてまで、掃除をしていたので、教頭先生に子供たちが遊びで砂利を道に散らしたこと、そしてそれを手を汚しながらも片付けようとする子供たちがいたことを伝えました。
すると、数日して6年生の女の子一人と、6年の男の子二人と、4年の男の子一人が学校帰りに、「箒と塵取りを貸してください。」と言ってきて、自分たちのランドセルを横に置いたまま道に散らばった砂利の掃除を始めました。
箒を借りに来た男の子たちに、「どうしたの?何かあったの?」と聞くと、「わかりません。」と言って、一緒に掃除している女の子の指示でしてるようでした。たぶん、しっかりした女の子なので、教頭先生から砂利が道路に散らばってることを聞いて、彼らを巻き込んで掃除に来たのだと思います。30~40分してから、ようやく箒と塵取りを返しに来て、帰っていきました。
学校帰りにランドセルを置いて掃除していたので、それでは道草になるので先生の指示ではなく、彼らが自主的に掃除に来たのだと思います。今では、散らしていた男の子たちも砂利を拾って庭に戻すようになりました。ここには良い子たちがいっぱいいるんだなと思いました。
実は、私も以前一度掃除を試みたのですが、あまりにも多いのと砂利は箒で集めようとしてもなかなか上手くいかないので、断念していました。しかし、子供たちが協力し合って少しづつ片づけ始めて、随分綺麗になりました。最善の形で解決がなされて感謝しました。
正しい者の父は大いに楽しみ、知恵のある子を生んだ者はその子を喜ぶ。あなたの父と母を喜ばせ、あなたを産んだ母を楽しませよ。箴言23:24~25
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